名画をこの手に スピンオフ三部作, 第2巻
エリザベス・プライス=リード——、初恋の人。
当時、彼女の裏切りを許せなかったバカな俺は、復讐心だけを糧に自らの帝国を築こうと心に決めた。そして、十年の時を経て、再び彼女の人生に舞い戻るべく、パーティに潜り込むことに成功した。
しかし、どうも様子がおかしい。逃げ出すどころか思いがけない行動をとった彼女は、俺のビジネスの後押しまでしてくれた。その理由がわからない。
答えを見つける前に、忽然と姿を消してしまったエリザベス。
きみはそれですっきりしたのかもしれないが、俺は納得できない。訊きたいことなら山ほどあるし、言わなければならないことも。
決着はまだついていない。頼むから俺に謝らせてくれ。そのあとのことは……。
※(この物語は、前作『空白の日々』とセットになっています)
エリザベスはどこだ?
ユジンと話をしてから五日目、大事な会議に参加しながらも、心は別のところをさまよっている。
「中国で進行中のプロジェクトは大変順調です」
信頼する役員の一人であるイナーラが隣で発言した。弾んだ声で報告を続ける彼女の話はほとんど耳に入ってこないが、俺は惰性で頷いた。
巨大な窓の向こうには、夕日に照らされたLAの街並みが広がっている。この景色のどこかにエリザベスはいるのだろうか。
一万人を超える社員とその家族、俺には彼らの生活を守る義務がある。そのためには利益を生み出し続けなければならないとわかっているのに、どうしても集中できない。絵を受け取ってからずっとこんな調子で、新プロジェクトの戦略について話し合っている今もうわの空だ。
「これも社長のご尽力のお陰です。本当に感謝しております」
口の中でモゴモゴ言ってから、俺は再び頷いた。たとえイナーラが自分の手柄のように話したとしても、全く気にならなかっただろう。あれはそもそも自力で勝ち取った契約ではなく、エリザベスによってもたらされた幸運だったのだから。
携帯にかけ続けているが、いつも留守電だ。オフィスに問い合わせてみても、誰も居場所を知らないという。緘口令が敷かれているのは間違いなさそうだからもちろん見張らせてはいるが、エリザベスが出入りした様子はない。
どこだ? どこに消えた?
もうライダー・リードの家にいないことはわかっている。かといってバージニアの自宅に戻った形跡もない。
トーリアンに探りを入れても無駄だろう。鼻で笑われ、冷たくあしらわれるのがオチだ。
ライザ。その呼び名は俺だけに与えられた特権だったのに、自らの手で捨ててしまった。
——私の話を信じてくれる気になったのかしら。それがどんなに荒唐無稽な内容でも、無条件に受け入れてくれるの?
最後に会った日の問いかけ、あれこそが溝を埋める唯一のチャンスだったにもかかわらず、即答できなかったことでぶち壊してしまった。こんな俺に、彼女を「ライザ」と呼ぶ資格はない。
心の底から焦りが込み上げてきた。
エリザベス、頼むから、もう一度チャンスをくれないか。
テーブルに置いた携帯がブルブルと振動した。赤いボタンをタップしようと思ったが、かけてきたのがアントワーヌだと知ってその手が止まった。親友であり、セキュリティ責任者でもある彼は、陰になり日向になり俺を助けてくれる。今は全力でエリザベスを探してくれているはずだ。
「悪いがちょっと席を外す。大事な電話が入った」
俺は役員たちにそう断って立ち上がり、会議室を出てすぐに緑のボタンをタップした。
「何かわかったか」
『ああ、ようやく居所が掴めた』
「どこだ?」
『カリブ』
「カリブ?」
『セシリア島にあるアイルスター・リゾートに宿泊してる。あと一週間ほど滞在する予定らしい』
ああ、よかった。やっと会える。
「ありがとう。大至急そこへ向かう。おまえも一緒に来てくれるか」
『もちろんだ』
電話を切って会議室に戻る代わりに、俺はアシスタントの番号にかけた。
「ブライアン、一時間以内に離陸できるよう手配してくれ」
半ば走るようにしてエレベーターへと向かう。
『ですがただいま会議中では?』
ブライアンが当惑気味に言った。『午後の予定もぎっしり詰まっておりますし』
「会議の進行及び新プロジェクトの推進は任せる、そうイナーラに伝えてくれないか。悪い。今後の予定についてはすべてキャンセルだ」